今朝は夕刊当番で会社に来ているのですが、そこに届いた雑誌「明日への選択」(5月号)をめくっていて、次の部分が改めて目につきました。それは、鳩山氏の施政方針演説など重要演説の草案執筆者とされる劇作家の平田オリザ内閣官房参与と、松井孝治官房副長官が、今年2月29日の「友愛公共フォーラム発会記念シンポジウム」で語った内容の紹介です。以下、引用します。
《平田氏 鳩山さんとも話をしているのは(略)、やはり21世紀っていうのは、近代国家をどういう風に解体していくかっていう百年になる(略)。しかし、政治家は国家を扱っているわけですから、国家を解体するなんてことは、公にはなかなか言えないわけで、(それを)<選挙に負けない範囲で、どういう風に表現していくのかっていうこと(が)、僕の立場(産経記者・阿比留瑠比)。
イザでおなじみの人気記者・阿比留瑠比氏の『国を憂い、われとわが身を甘やかすの気』からの引用です。平田オリザ内閣官房参与が鳩山首相と語り合っているそうですが、その内容が近代国家の解体とは恐れ入りました。こういう中途半端なインテリの話を真に受けて政治していたとは、しかもそれが首相とは、開いた口がふさがりません。まぁでも、おかげさまで日本より先に民主党政権が解体しそうですが。そうならないと困ります。
平田さんは、21世紀は近代国家解体の世紀になると考えているようですね。私は反対の立場でして、近代国家はさらに強化されていくと予想しています。もともと近代国家というのは、ナポレオンと共に始まったようなもので、傭兵や貴族を中心とした軍隊に変わって、「国民」を作り上げ、近代軍を組織したフランス軍がヨーロッパを席巻したことから普及しました。徴兵された国民軍と傭兵・貴族が戦争すれば、前者が勝つのは当たり前でして、国民総がかりで向かってくる軍隊に、社会の一部の階級の利益しか代表しない「私軍」が勝てるわけがありません。ナポレオンの強さとは近代国家の強さでした。
フランスに対抗するためにはどうすればいいか?ヨーロッパ諸国がだした答えは、「自分たちも国民国家になる」、ということでした。近代国家とは国民国家のことです。で、その後、欧米列強が日本にもやってきますが、危機感を抱いた日本人がだした答えも同じでした。「欧米に対抗するためには、国民国家になるしかない!」。お隣の特亜には、そんな洞察力はサラサラありませんでした。朝鮮人もシナ人も欧米の脅威にさらされながらも旧来の体制にしがみつくありさま。朝鮮は国民国家日本に併合されて生き残ることができました。日本を除くアジア全体が欧米の植民地になった理由はひとえに、国民国家に抵抗できなかったからです。国民国家とそれ以前の体制では、勝負にはならないんですね。
以来、国民国家を超える政治体制は生まれていません。国民国家がなぜ強いかといえば、中央集権と国民軍と資本主義のおかげです。これを超えることができる政治体制は、唯一「世界帝国」だけですが、核時代に世界帝国は不可能です。ようするに、平田さんの信念とは、日本をもう一度国民国家以前にすることですが、歴史を見れば誰でもわかるように、国民国家に対抗する唯一の手段として国民国家は生まれたわけで、近代国家を解体することは、別の近代国家に支配されることです。日本が国民国家を止めれば、他の国民国家に編入されるだけでして、おそらく中国かアメリカの自治区になるでしょうね。日本が国民国家を止めれば、台湾でさえ日本を併合できるでしょうね。ようするに、近代国家であることには必然性があるんです。
中国という国民国家に編入されるのを阻止するためには、日本は国民国家であり続けなければならないわけです。鳩山さんの友愛思想は、どうやら平田さんからいただいたようですが、国民国家を「超克」する思想だと勘違いしているようですね。マルクスは共産主義革命は、世界同時革命でないと実現しないと喝破しましたが、国民国家の超克は、全世界が同時に国民国家を止めない限り無理なんです。自分だけ止めると、他の国民国家がすぐに軍事的・経済的・政治的に併合してしまいます。
そこで鳩山・平田組は、東アジア共同体を目指すわけですが、あのEUでさえ国民国家の連合でして、国民国家を超克していません。国民国家を超える手段はただ一つ、国民国家よりも経済的、軍事的、政治的に強力な統治制度を発明することです。鳩山・平田組の提案は、経済的、軍事的、政治的により弱い体制のようでして、これじゃ話になりません。
ハイエクが言うように、新しい体制はエリートの頭の中からではなく、歴史の必然性と自発性からのみ生まれてくるものです。いわゆる、「人間の行為の結果だが、人間の計画の結果ではない」、というやつですね。それが理解できないのが、今も昔もサヨクのおバカな点ですね。歴史に対する畏怖がないと・・。そろそろ進歩しようぜ。


by iwhi21
刑務所改革論